たずね

【診ね】何者でもない自分に戻れる町。琴平で感じた「やさしさ」の正体。

旅先での出会いの中には、その場で感じる「やさしさ」もあれば、しばらく経って旅を思い返した時に、じわじわと効いてくる「やさしさ」もある。そこでやさしさ編集部では、旅から帰って数週間後のある日に座談会を実施。現地で感じた率直な想いや、琴平らしい「やさしさ」、この旅を通じて得た新しい視点などについて語り合います。

秋山:

麻生くんと國守さんは、琴平へ行くのが初めてでしたよね。実際に訪れてどう感じましたか?

麻生:

一番強く感じたのは、みなさん心に余白があるなっていうこと。余白があるから外に目を向けられるし、人にやさしくなれる。だからやさしさが循環するんだろうなと感じた旅でした。あとは、琴平の町を一人で歩いている時に、「全然スマホ見てないし音楽聴いてない、いつもよりゆっくり歩いてる」ってふと気づいて。僕はもともと旅好きなタイプではなかったから、すごく新鮮な感覚でした。

恒藤:

なるほど。

麻生:

2日目や3日目になるにつれて「ちょっと寄り道してホテルに帰ろうかなあ」って気持ちが芽生えてきて。ずっと東京で生きてきた僕には刺激的な旅でした。

國守:

私は、最終日に〈HAKOBUNE〉の森田さんと話したことがすごく心に残っています。「琴平の魅力って何ですか?」ってふと尋ねた時に、「なんかマラソンみたいな生活なんだよね」と話してくれて。どういうことだろうと思ったら、「都会の生活に比べると不便なことや大変なこともあるけど、それを上回るくらい幸せがたくさんある」と。「毎日小さな喜びを見つけているうちに、気づいたら長いこと住んでた」って話していたんです。「カフェの店長だからお客さんをもてなさないと」と役割で捉えるのではなく、純粋に「来てくれてありがとう」って喜んでいるのが伝わってきて、町の人がそういう姿勢でいてくれるから、私たちも受け入れられている実感を持てるのかなと感じました。

麻生:

「やさしくしよう」と思って行動するのではなく、好きでそうしてくれているのが伝わってきましたよね。

秋山:

私は〈KOTOVEGAS〉で松田さんが言っていた「琴平には何もないけど何でもある」という言葉が印象的で。それって「人と関わることで何でも生まれるし生み出せる」っていうことなのかなと解釈しました。町の皆さんと飲み歩いたり、取材に関係なく話す中でも、「ここのスペース使ったら楽しそうだよね」「こんなこと一緒にできたら面白くない?」みたいな会話が自然と生まれていて。ビジネスが入り口になるのではなく、好きが入口になっているというのを強く実感しました。

恒藤:

僕が琴平で強く感じたことは2つあって、1つは、こんなに仕事したくないって思ったのはいつぶり?ってくらい、仕事をしたくなかった(笑)。初日に打ち合わせで不在の時間があったと思うんですが、それがすごく嫌で。「人と話したい」とか「町を歩いてみたい」という気持ちが強くて、「仕事をするなんてもったいない」って感覚になったんです。例えると、「宇宙にいるのにまだ地球の話するのかよ」みたいな。

麻生:

わかります(笑)。

恒藤:

あとは、町の方々がみなさん軽やかだなって改めて思って。「同志で一生懸命頑張ってるんです!」っていう暑苦しい感じではなく、町の飲み友達が楽しみながら活動してる雰囲気を肌で感じて。もちろん裏では大変なこともあると思うんですけど、あくまで旅人目線では、そんな軽やかさやフラットさが魅力的だなと思いましたね。

麻生:

僕はほとんど仕事せずに琴平をめいっぱい楽しませてもらったんですが、僕の心にも余白ができたのを感じました。自分の性格に合っているのか、とにかく気楽でしたね。「困ったら楠木さんに相談しよう」「嫌なことがあったら近江さんを誘って飲みに行こう」とか、誰か人との関わりを通じてポジティブな自分になれそうなところが素敵。そうやってポジティブが伝播して、やさしくなれるのかなって。

恒藤:

あとは、はっきりした役割がないところがいいなって思います。東京にいる時はどうしても肩書きが求められるけど、琴平は生身の自分を受け入れてもらえる感覚があった。地元や実家に近い感じで、飾らない自分でいられたんですよね。

秋山:

私も、琴平に行くと自分のラベルが全部剥がれる感じがします。前までは、旅先でのやさしさは「与えてもらうもの」や「おもてなしの心」って思っていたんです。でもそうじゃなくて、自分自身でいられること自体がやさしさだなって。生身の自分になって、他所から来た人っていうことすら忘れさせてくれるというか。

國守:

普段の旅行だったら、家族や友達にお土産を渡しながらお土産話をしますよね。訪れた場所や食べた物の話をすると思うんですけど、琴平の場合は「こんな面白い人がいて」って、人の話をしたくなったんです。「いい場所だから行った方がいいよ」じゃなくて、「今度一緒に行こうよ」と誘いたくなる感覚。それが今までの旅行とまったく違うところだなと感じました。

恒藤:

旅慣れている國守さんならではの観点ですね。

國守:

私は、この琴平旅をきっかけに国内旅行の捉え方が明確に変わりました。もともとは非日常の中で役割を忘れて楽しめるっていう理由で海外旅行が好きだったんです。国内は言葉も通じるし日本人ばかりだし、どうしても自分の見られ方を気にせずにいられなかった。だからこれまで、「これ食べたい」「ここ行きたい」という理由でしか国内旅行をしてこなかったんです。でも、琴平はそうではなかった。すごくオープンな自分になれて、「国内旅行ってこんな楽しみ方もあったんだ」って気づくことができました。

麻生:

僕はもともと旅行にまったく興味がなくて、「甲子園で野球を観るために関西に行く」とかそういう大きな理由がないと行く意味がないって思ってたくらいなんです。でも今回の旅は、明確な目的がなくてもすごく楽しめた。「理由がなくても旅していいんだ」っていうのが大発見でしたね。

秋山:

私がこの旅を計画したのは「國守さんや麻生くんを連れて行きたい」という想いもあったから、そう思ってくれてすごく嬉しい!一緒に旅して、琴平の方々を紹介できて本当によかった。仲間の輪が広がっていった感覚があります。

麻生:

本当にみなさん楽しくて、ご機嫌って言葉が似合う方々でしたね。

恒藤:

飾らず、自然体なところがいいよね。それぞれの興味や好きを軸に活動しているからか、ポジティブで満たされているのを感じました。心で動いているというか、真っ直ぐですよね。

秋山:

だからって「都会にいると真っ直ぐでいられないのか」「都会だと人にやさしくなれないのか」って考えると難しいけど…。そのあたりはどう思いますか?

麻生:

東京に帰ってきて数週間が経って、具体的に行動が変わったわけじゃないけれど、世の中を見る目が変わったのは強く実感しています。視野が広がったというか、視点が増えたというか…。

國守:

もちろん都会でもやさしくなれるけど、私の場合は、相手の反応や周りの目をけっこう意識しちゃうんですよね。生身の自分になりきれてないというか。

秋山:

たしかに琴平にいた時は、自然体の、生身のやさしさを出せた気がする。今回の旅を通じて、こんな風になりたい、こんなことをしてみたいって感じたことは何かありますか?

恒藤:

〈池商店〉の池さんが話していた、すれ違う人の顔をよく見てるっていう生き方がすごくいいと思って。普段の生活だと、ついつい店員さんやタクシー運転手さんの目を見ずに「ありがとうございます」って言っちゃったり、周りの人たちの顔を見る余裕が全然ない。でも池さんみたいにちゃんと視線を向けていたら、もしかしたら街で知り合いとすれ違ってるかもしれないし、面白い出会いを逃さずにいられるのかなって思いましたね。

秋山:

私は普段、得意先や同僚と接する中で、「この人はこういう役割」という境界線を常に意識していたんですが、琴平の方々は「境界線を越境しよう」と意識することすらなく自然と越境しているなと感じて。仕事をする上で、何か同じゴールに向かう仲間として、「なぜここに境界線があるんだろう?」と問うアプローチから始めないといけないな、というのが今回の旅での気づきでした。

國守:

私はとにかく、1回で終わりではなくまた琴平に行きたいって思います。今までは旅行に限らず、例えばレストランとかも初めての店を開拓するのが好きだったんです。でも今回の琴平の旅で、「深さを知る面白さ」に気づくことができて。次に行く時はたぶん感じ方も変わってくるし、また違う自分になれそうな気がします。

麻生:

僕はまだ知らない地域がたくさんあるから、いろんな場所をフラットに訪れて、また違う感情を味わってみたい。日々忙しく仕事をしていると、AIもどんどん進化する中、「なんでリサーチやってるんだっけ?」というのをつい忘れそうになってしまうと思うんです。でも本来は得意先の意思決定をサポートしたり、誰かのためにする仕事だよなって。「誰かの役に立ちたい」というこの会社に入った時の気持ちを思い出すきっかけにもなりました。

恒藤:

恒藤:みんないい発見がありましたね。僕はいっぱいあるけど、とりあえず國守さんと麻生くんと飲みに行きたい(笑)。僕は会社での2人しか知らなかったから、琴平の時みたいな生身モードのまま深く話してみたいです。あとはQOのメンバーに限らず、普段の生活の中でももっといろんな人の話を聞いてみたいって思いました。話してみたら共通の「好き」を持っているかもしれないし、それがきっかけで何かが始まるかもしれないし…。「出会いの大切さ」や「対話の楽しさ」みたいなものを、琴平の町に改めて気づかせてもらったように感じます。

やさしさは、誰かのために「する」ものだと思っていたけれど、琴平で出会った人たちは「やさしくしよう」とはしていなかった。思い通りにいかない現実や不安があっても、この町や、この町で暮らす人、ここでの仕事が好きだから向き合えるし、自分らしくいられる。そんな在り方に触れたとき、私たちはいつの間にか日頃の肩書きや役割を脱ぎ捨てて、飾らない自分に戻れた。琴平の「やさしさ」とは、そこにいるだけで自分が解けて、今度は自分が次の誰かへ、その温かさを手渡したくなる。そんな心の循環を生み出す、町の温度そのものだったのかもしれない。(やさしさ編集部 秋山)