たずね

【尋ね】山や自然と共存しながら育まれる、南房総を想う人々のやさしいつながり。

都心から車で90分ほどの立地でありながら、美しい海と豊かな緑が広がる千葉県・南房総。ここで出会ったのは、お互いの活動や町の未来をあたたかく見据え、穏やかな波のようにゆるやかにつながる人たち。それぞれの課題を感じながらも伸びやかに暮らす方々を招いた2つの座談会を通じて、南房総の「やさしさ」について考えます。

「自分の“好き”や生活の延長線上で、自然と仕事ができている」@YANE TATEYAMA

<参加者>田村 仁さん(YANE TATEYAMA 代表)、大阪谷未久さん(伝右衛門製作所 代表)、神保清司さん(南房総市大房岬自然の家 所長)、牧野圭太さん(南房企画株式会社 代表)、清水直哉さん(株式会社TABIPPO 代表取締役)、秋山月子(QO株式会社)、麻生佳端(QO株式会社)

TABIPPO 清水:本日は、南房総を拠点に活動する4名にお越しいただきました。それぞれジャンルの違う活動をされていますが、まずは自己紹介からお願いできますか。

南房企画 牧野:では、この中では新参者の僕から。もともと千葉育ちなのですが、大学進学を機に東京へ出て、広告系の仕事をしていました。東京にいながらも「いつかスキルを身につけて、千葉の魅力を伝える仕事をしたい」と、ずっと思っていたんです。その後、紆余曲折を経て、南房総市で使われなくなった保養所を数年前に買い取り、再生させて〈SHIP〉という場所を作りました。ようやくスタートラインに立ったばかりですが、今後はいくつかの会社やお店に入ってもらって、みんなが集まれるような“ローカル複合施設”を目指しています。

南房企画が運営する〈SHIP〉。カフェや宿泊施設としての機能のほか、ローカルなビールを生み出す〈BOSO CRAFT WORKS〉の醸造所も構える。

YANE TATEYAMA 田村:僕は鋸南町出身で、親の代から建築業を営んでいます。東京で働いていた時もありましたが、地元に戻ってきて家業を継ぎながら、2024年に〈YANE TATEYAMA〉をオープンしました。もともと本屋をやりたいと思っていましたが、それなりに大きい建物なのでどう活用しようか悩んでいたところ、タイミングよく今日ここにいる大阪谷さんや、レストランのシェフとの出会いがあり、結果的に今のような複合施設になりました。

伝右衛門製作所 大阪谷:私はこの〈YANE TATEYAMA〉に、野生獣革の工房〈伝右衛門製作所〉を構えています。生まれは大阪なのですが、幼少時代からずっと千葉で過ごしているので、自分の中では千葉が出身地のような感覚です。野生獣革の仕事を始めたのは、南房総市での農業体験がきっかけ。地元の農家さんたちがイノシシやキョンなどの獣害に悩まされている現状を知り、農業を営む方々のためにも、そして動物のためにも「命を無駄にせず、何か形にできないか」と考えて立ち上げました。

大房岬自然公園 神保:僕は山形県米沢市出身で、22年前にこの南房総市にやって来ました。〈大房岬自然公園〉はもともと県が運営していた場所なのですが、民間に委託されるタイミングでたまたまお声がけいただいたんです。土地勘も縁もまったくない場所でしたが、「面白そう」と飛び込んでみたら、気づけば22年も経っていました(笑)。施設の管理だけでなく、子どもたちを自然の中に連れ出す林間学校の運営なども担っています。昔からある公共施設ゆえに建物の老朽化が進んでいるので、これらをどう再生していくか、まさに学ばなければいけない時期にきていると感じています。

QO 秋山:皆さんがこの南房総の地でどのようにして課題と向き合っているのかをお聞きしたいです。

牧野:僕は約3年前から南房総市を訪れるようになりました。それまでは「東京は刺激がたくさんある街、地方は静かで刺激が少ない場所」というイメージをどこかで持っていたんです。けど、実際にここで過ごしてみるとまったくそんなことなくて。今日集まっている皆さんのように、自分の好きなことや、何かを極めている方が多くて、すごく面白い場所だなと日々刺激を受けています。なぜだろう?と考えてみると、東京でビジネスをするのってそこまで強い“理由”がいらないと思うんです。なぜなら自然とビジネスが集まってくる場所だから。でも、例えば神保さんみたいに「大房岬を全部背負う」といったダイナミックなことって、強い思いがないとできない仕事じゃないですか。南房総で活動されている方々は、それぞれがこの場所でやるべき理由や意味を強く持っていると思っていて。今日はそのあたりの思いも、ぜひみなさんに聞きたいです。

神保:僕がこの仕事をしている理由は、やっぱり自然が好きだから。この仕事は、“自然と人間の間に立つ通訳”のような存在だと思っています。僕は子どもたちを自然の中へ連れ出すことが多いですが、近年は夏が暑すぎるし、自然は危険とも隣り合わせなので、色々と難しいこともあるんですよ。でも、今の子どもたちが大人になった時の世の中って、きっともっと大変なはず。その未来を考えたときに、危険なものから遠ざけて守りすぎるのも、実はすごく冷たいことなんじゃないかと思っていて。「もっと自然の中で、身体や心を使っていろいろな学びや経験をさせてあげたい」という思いがあります。子どもに限らず、大房岬を訪れた方々に「こんな素敵なところがあるんですね」と感動してもらえるのがうれしい。そんな小さな発見や驚きが日々生まれるということに、やりがいを感じていますね。

雄大な海の眺めと森の散策を楽しめる大房岬。自然体験で訪れる学生や観光客はもちろん、地元の人々にも人気のスポット。

清水:やっぱり“好きだから”という気持ちが大きいんですね。大阪谷さんと田村さんはどうですか?

大阪谷:私も“好き”という気持ちが根本にあります。大学時代に、手伝っていた農家さんが「可愛いでしょう?」ってうり坊の写真を見せてくれたんです。「かわいい!今はどこにいるんですか?」と聞いたら、「もういないよ」って。駆除されていたんです。その出来事がとても衝撃的で。でも、そのまま放っておけば田畑を荒らされて、農家さんたちは食べていけなくなってしまう。農家の方々も動物が好きなのに駆除しなければならない現状があって。ただ消費するだけの私たちは、そんなことが起きていることも知らずに野菜や果物を食べている。農家の仕事も動物も好きだからこそ、この状況をどうにかしたいと思ったんです。そこでまずは、駆除された後に廃棄されてしまう動物の素材をできるだけ環境負荷のかからない形で活用し、興味関心を持つ仲間を増やしたいと考えました。革製品を通してこの地域の現状を多くの人に知ってもらえたら、という思いで活動しています。

〈伝右衛門製作所〉では主にイノシシやキョン、シカの革を使用。財布やブックカバーなどの製品にして販売している。

田村:本屋って、純粋に「儲けたい」と思ったらなかなか手を出さない職業だと思うんです。でも、本をただ売るだけではなく、自分の感性や思想を表現できる場所でもあるので、やっぱり僕にとっても“好き”という原動力がすごく大きいですね。ビジネスとして稼ぐことももちろん大事だけど、僕は自分が開いた本屋で、“誰かが1冊を選んで買ってくれた”ということ自体がただただうれしい。だから、僕にとってこの場所を運営することって、“頑張っている”という感覚はなくて。自分の“好き”や生活の延長線上で、自然体でできていることなんですよね。

清水:皆さん東京でも仕事をしてきたことがあると話していましたが、東京と比べるとこの町はいかがですか?

神保:僕は都会に住んだことはありませんが、たまに東京に行くと、田舎の方がよっぽど刺激的だなと感じることが多いです。こっちだと、突然木が10本倒れるとかの事件もよくありますし(笑)。漁業関係の方と仕事する時のコミュニケーションの方法など、第一次産業の方々との関係構築が上手になったり、そういう面での“面白さ”がある場所かもしれないですね。

秋山:それはローカルにしかない光景ですよね。都会の“刺激”がエンタメや情報の多さだとしたら、五感を揺さぶられたり、予測できない驚きに純粋な好奇心が湧き上がったりする“刺激”は、こういう場所の方が多いように思います。

大阪谷:私は仕事が少し特殊だからかもしれませんが、都会は自分のできることが圧倒的に少ないという感覚があります。当初は動物の解体から毛皮なめしまで一人でやっていたので、作業をするとどうしても臭いがでるし、人目も気になりました。そう考えると、自分のやりたいことがそもそも都会の住宅街ではできないんですよね。あと、地方は一人ひとりの行動の余白が大きい気がしていて。地域全体が“好きにやっていいよ”と言ってくれるような懐の深さがあるというか。もちろん都会にはたくさんの刺激がありますが、仕組みが出来上がっている分、どうしてもそれらを“受け取るだけ”になってしまう部分もある。自分がインプットしたものを、自分らしい形でアウトプットしようとした時に、東京だとその方法や場所がすごく限られてしまう気がするんです。

QO 麻生:“余白”という言葉は琴平町に滞在した時にも出たワードでした。例えば東京にいると、終電を逃してもタクシーで帰れたり、デリバリーを使えばすぐにご飯が食べられる。そういった意味での“楽さ”はあるんですが、その後でどこか罪悪感が残る。今回こうして南房総に滞在してみて、ここでの“楽さ”はそのような利便性の話じゃなくて、人と触れ合うことで生まれる「心の楽さ」や「心地よさ」なんじゃないかと思いました。きっと、日々の生活の中で「ありがとう」という言葉や、純粋な感動をダイレクトに受け取れる瞬間がすごく多いんだろうなって。僕や秋山さんのように企業で働く人間は、どうしても組織の歯車になってしまいがちというか、「あれ、自分は何のためにこの仕事をしているんだろう?」と立ち止まってしまう瞬間が結構あるのですが、この地に根を張って働いている皆さんはそのあたりの手応えはどう感じていますか?

牧野:まさに「ぜんぶ自分でやるしかない」って感覚ですよね。

神保:僕も自分の職業が何だかわからなくなりますもん。木も切るし、掃除もするし、接客もして食事も運んで。「自分って何屋さんだっけ?」って(笑)。

秋山:みなさんのお話を聞いていると、“自然な生き方”をされていると感じます。“自然”というのも色々な捉え方があると思いますが、例えば「朝日が昇ったら農作業をする」といったバイオリズムもそうですし、「好きなことを仕事にする」というのも自然的な感覚の一つだと思うんです。こうして南房総で過ごしてみて、私も「人間らしく生きられている」と感じました。麻生くんが話していたように、組織や予定調和のスケジュールの中にいると、どうしても“仕組みとしての時間軸”に自分を合わせていくことが多くなると思うのですが、ここでの生活は自分の行動とともに時間が進んでいく感覚があって。何かに急かされずにいられるからこそ、日々の小さな変化を受け取る余裕も生まれて、好奇心を向けられる先も広がっていくのかなと思いました。

大阪谷:やることがたくさんで、それどころじゃない時もありますけどね(笑)。

神保:田舎ならではの忙しさがありますよね。「今日は雨が降るからこの作業を15時までに済ませなきゃ」みたいな(笑)。

清水:便利さも含めて、都会と田舎の色々な対比がありますよね。牧野さんが、最近“ローカルシンキング”というのをずっと考えていると聞きました。

牧野:“ロジカルシンキング”を1文字変えて、“ローカルシンキング”。冒頭の話にも繋がるのですが、今の東京(都市)って、もうそんなに解くべき課題が残ってないんじゃないかと思っていて。何かをちょっと効率化するとか、売り上げを◯◯%伸ばすとか、そういう既存のものを動かす話ばかりで、本質的な課題を解決している実感が薄いんです。でも、南房総に来てみて感じたのが、ここにいる皆さんのように、“目の前にある課題”に純粋に向き合っている人が多くて、しかもそれがたまたま自分の“好きなこと”と結びついている。地方で自分の意思を持って活動している人がいるから、こんなにもこの場所が魅力的に映るんだなと感じています。

大阪谷:私も都会で働いてきたタイプなので、周りには私が“変わっている”からこんなことをやっているんだねとよく言われるんですが、決してそうではなくて。地方にいると自然と誰もが一人のプレーヤーにならざるを得ないところがある。“一個人としてなにができるか”が重要になってくるんです。都会と田舎はよく対比されますが、そこにいる人間の性質が根本的に違うわけではなくて、自分がどこに身を置くかによって、自身の在り方や引き出しが変わってくると思うんですよね。

清水:以前、牧野さんとも「これからの時代、もっと人は“百姓”になったほうがいい」という話をしました。東京での牧野さんはコピーライターという肩書きだったけど、南房総ではコーヒーも淹れるし、ヤギの世話もし、DIYでベンチも作る。「100の仕事(=コト)を何でもやる人」のことを百姓と呼ぶという解釈があるのですが、そうやって一つの役割から脱していくことで、自分の人生や暮らしを自分の手でコントロールできるようになっていくのかもしれないですよね。田村さんはいかがですか?

田村:僕自身がそもそも自分の“好き”をベースに動いているので、周りのスタッフにも、僕と同じように好き勝手に、楽しくやってほしいという気持ちがすごくあります。ちょうど今日スタッフに、「あなたたちの得意なことや、好きなことは何?」って話をしていました。店で働いてもらっている以上、あらかじめ決めた役割に当てはめて働いてもらうのが組織としては正しいのかもしれないけれど、僕の目線はもう少し違うところにあって。スタッフの好きなことや興味のあることが、この場所でそのまま形になるといいなと思っています。最初にイメージしていたものとはまた全然違う場所になっていくかもしれないけど、そんな期待感や、変わっていくことの面白さは持ち続けていたいですね。

古いビルを改修して作られた〈YANE TATEYAMA〉。中には、書店やカフェ、レストランやホテルなどが同居する。

麻生:みなさん“好き”というピュアな気持ちが原動力になっている一方で、やっぱり“覚悟”がある気がしました。ご自身が取り組まれていることに対しての、危機感や責任感が違いますよね。東京で働いていると、どうしても「僕の代わりなんていくらでもいるのかもしれない」と思ってしまうので。だからこそ、みなさんは今の仕事をそこまで好きでいられるのかもしれないと思いました。けど、「自分がやらなきゃいけない」みたいな感覚はおそらくなさそうですよね。

大阪谷:「自分がやらなきゃ」とはあまり思っていなくて、逆に自分がやりたいことをこの地域で受け入れてもらっている感覚の方が強いかもしれません。ただ、都会の中で私が何かをやるのとこの南房総で自分が動くのとでは、インパクトが全然違うなと思います。東京で同じことをやっても、きっと埋もれてしまう。一人の人間として持つ可能性がすごくもったいないなって。だったら、こっちで草刈りから商品開発まで何でも自分でやって、地域のPRをして人を増やしていくことの方がやりがいを感じられる。「私がいないとできない」とまでは思いませんが、「自分がここでやっていることは、この地域にとって大きな意味を持つことなんだ」という自覚はありますね。

牧野:僕はもともと広告代理店にいたので、大企業の何億円も動くようなプロジェクトにも携わっていました。最初は好きな仕事だったけど、途中から「これは別に自分がいなくても成立する」と感じるようになって。それで「自分がいなければ生まれないような仕事」――、例えば八百屋を立ち上げたりとか、小さいビジネスをするようになって気づいたんです。それらの仕事も自分にしかできない“特別”なものではないかもしれないけど、自分がやらなければ生まれなかったものではある。そういう感覚や手応えって、人間にとってすごく重要なことだと思いました。そして南房総に流れついたら、やらなければいけない課題だらけでした。けけどそこに向き合う人が少ないから、誰かが来てくれたらやることがたくさんあります。今の日本の若者たちって、どこか生きづらさを抱えていたり、「やりがいがわからない」と悩んだりしがちじゃないですか。でも、ここに来たらそんなことを言っている暇がなくなるくらい、やるべきことがいっぱいある。そういう面でも地方はものすごく可能性があるなと感じています。

 

 

「自分を役職や役割ではなく、“私自身”として見てもらえる場所」@蔵屋敷

<参加者>小澤さとみさん(蔵屋敷 代表)、近藤拓也さん(近藤牧場 代表)、伊藤直道さん(いとうRYO)、磯村芳子さん(南房企画株式会社)、竹本萌瑛子さん(南房企画株式会社)、清水直哉さん(株式会社TABIPPO 代表取締役)、秋山月子(QO株式会社)、麻生佳端(QO株式会社)

TABIPPO 清水:今日は南房総が地元の方、移住された方、それぞれにお集まりいただいているので、まずは自己紹介からお願いします。

蔵屋敷 小澤:私は岩井で生まれ育ち、民宿〈蔵屋敷〉の3代目を務めています。幼い頃から「ここを継いでほしい」と言われて育ったので、ごく自然な流れで家業に入りました。宿には観光客はもちろん、修学旅行生もたくさん来てくれます。「ここに来ていただいたからには、とにかく楽しんでほしい」という気持ちで、日々お客さまと向き合っています。

近藤牧場 近藤:僕の出身は、岩井の隣にある平群(へぐり)という町です。岩井が海なら、平群は山。その山の麓で〈近藤牧場〉を営んでいます。僕も3代目なのですが、うちの牧場は牛乳をただ搾るだけでなく、自分たちで製品に加工して販売するところまで、いわゆる第6次産業に一貫して取り組んでいます。

いとうRYO 伊藤:僕は岩井の民宿〈いとうRYO〉の4代目です。もともとは学生の合宿や個人のお客さんが中心の宿でしたが、父の代で少し方向転換をしました。現在は敷地内に3つのホールと1つのスタジオを併設し、音楽活動をする学生やアーティストの方々を中心に受け入れています。また、敷地内の畑で育てた野菜を宿の食事でお出しするほか、最近では近所の小学校の給食にも納品させてもらっています。岩井は民宿が多い地域ですが、コロナ以降はお客さんが減ってしまった時期もありました。「そこをどう取り戻し、盛り上げていくか」を自分自身の課題として、色々と取り組んでいる最中です。

清水:では続いて、東京から南房総へ移住してきた「南房企画」のお二人、お願いします。

南房企画 磯村:私は岩井に来て3年が経ちました。「南房企画」での仕事のほか、30代を中心に岩井を盛り上げるための団体「i.PLANNER」にも所属しています。基本的には地元出身者が参加条件なんですが、伊藤さんたちが誘ってくださって、私も入れてもらいました。花火大会や釣りなどのイベント、ビーチクリーンなどを行っています。移住の最初のきっかけは、「南房企画」の代表・牧野さんに声をかけられたことでした。でもそれ以上に、東京から岩井に通ううちに、この町のことが本当に大好きになって。私は東北の田舎出身ということもあって、ただ通っているだけではずっと“よそ者”のままだろうなと思ったし、そういう中途半端な関わり方はしたくなかった。「ここに根を張ってやっていきます」という覚悟を見せたくて、移住を決めました。

南房企画 竹本:移住したきっかけは磯村さんとほぼ同じで、岩井で〈SHIP〉の立ち上げに関わったことが大きいです。私は熊本の田舎出身ということもあり、もともと“地方活性”という言葉に少し疑念を抱いていたタイプでした。「わざわざ東京から人が行って盛り上げなくても、住んでいる人たちは十分に元気じゃないか」と腑に落ちていなかったんです。でも、この町に通ううちに、どんどん好きな気持ちが膨らんで、「この町の魅力をもっと伝えたい」と思うようになっていきました。3年ほど暮らす中で、土地に根が張るように、自分の気持ちも岩井に根付いてきたのを感じています。何よりもこの町が好きになったし、自分の大切な友達もどんどん連れてきたいと思える場所になりました。

清水:僕は仕事柄、全国たくさんの土地に足を運んでいるのですが、地域によってコミュニケーションの取り方が本当に違うなと感じています。岩井は昔から民宿が多く、旅行や合宿など、“外から来た人を迎え入れる文化”が自然と根付いている町ですよね。地元のみなさんは、外から来る旅行者や若い人、あるいは東京からの移住者に対して、普段どのような想いで接していのか、まずお伺いしたいです。

近藤:僕はおばあちゃんっ子で、近所の人たちが「びわが採れたからおすそ分けするね」なんてやり取りする光景をよく見て育ちました。もちろん今でもそういう付き合いはあるのですが、このやり取りってお互いに自然と笑顔が生まれるんですよね。だから相手が移住者であれ旅行者であれ、この町に来てくれた人には、「庭で採れたものを渡して喜んでもらう関係でありたい」という想いが常にあります。あと、最近驚いたのが、南房総市で昨年生まれた子どもが60人弱しかいないと聞いたこと。これからさらに人口が減ってしまうかもしれないと考えると、せめて外から来てくれた人たちには、ここでの生活が少しでも過ごしやすいものであってほしいなと。この町を気に入って長く住んでもらうためには、僕たち地元の人間が温かく迎え入れることが一番大切だと、改めて感じました。

〈近藤牧場〉の製品は、〈道の駅 富楽里とみやま〉でも販売している。牛乳やチーズのほか、自社製低温殺菌ノンホモ牛乳を使用したソフトクリームも人気。

伊藤:”海があって山がある”というこの自然環境も、きっと移住のきっかけの一つになると思います。ただ、それは他の地域にも言えることであって、最後の決め手になるのは「その土地に住む人」が大きいと思うんです。だから、近藤さんが言っていたようなご近所付き合いは、僕もずっと大切にしていきたいと思っています。あとは子育ての面。僕は子どもが2人いるんですが、南房総は子育て支援がとても手厚いんですよ。そういう制度の面でもメリットがある町だと思いますし、この地域には昔からご近所同士で“お互いの子どもを見守る”というのがベースにある。制度だけでなく、地域全体で子どもたちを大切に育てていくような温かさがあるのも魅力の一つになるかもしれません。

磯村:東京に住んでいた時は、近所付き合いなんて考えもしませんでした。けど、ここで暮らすようになって、何かあったら周りに頼れる人がたくさんいるのを実感して。

QO 麻生:移住してきた人に対してもまるで家族のようにやさしく接していますよね。ふらっと旅でやってくる旅行者に対してはいかがですか? みなさんがどのような気持ちで関わっているのか気になります。

小澤:ここは大きな企業がない分、個人商売のスタイルも本当に多様なんです。第一次産業や製造販売、そして民宿など、お互いの顔が見える営みが多い土地柄だからこそ、誰に対してもオープンな空気があるのかもしれません。だから、他の地域から誰かがやってきても、すれ違えば「こんにちは」と声をかける。そんな距離感が特別なことではなく日常なんです。もちろん移住して来てくれた人たちには心から感謝していますが、地元のような人と同じ感覚で接しています。

アットホームな民宿〈蔵屋敷〉。自家菜園の野菜や朝採れの地魚を使ったおいしい料理に定評がある。

磯村:“移住者だから” と変に壁を作らず、フラットに接してくれることが本当に嬉しいです。

竹本:地方で仕事をして暮らすとなると、最初はどこか「閉鎖的なんじゃないか」「簡単には受け入れてもらえないんじゃないか」という不安がありました。だから、地元の方たちにしっかりリスペクトを持って接していこうと身構えていたんです。でも、そんな心配は杞憂でした。みなさんすごく寛容に受け入れてくれて。これってやっぱり、この町の特性なんだろうなと思いました。民宿の文化もそうですけど、外から来た人を当たり前に受け入れる土壌が、ここにはちゃんとあるんですよね。

磯村:もちろん、町の誰もがそうだというわけではないと思いますが、今日ここにいる3人のような方々が、地元と私たち移住者の間に立ってくださっているからこそ、余計な壁を感じることなく自然と町に馴染むことができたんだと思います。みなさんが架け橋になってくれていることに、本当に感謝しています。

麻生:磯村さんや竹本さんを見ていると、とても楽しそうに活動されていると感じます。町を案内してもらう時も、まるで昔から住んでいるかのように熱意を持って話してくれて。そんな姿を僕らより近い距離でたくさん見ている皆さんだからこそ、「自分も頑張ろう」と刺激を受けたり、自分のことのようにうれしくなったりする瞬間がある気がするんです。そういったお互いを思い合う“やさしさ”が、いい形で循環しているのだろうなと、皆さんの空気感を見て思いました。地元の皆さんは、移住してきた2人のことをどのような存在だと感じていますか?

伊藤:“昔からここにいる人”って言われても違和感ないくらい、この町に馴染んでいると思います。11月に磯村さんがこの町で結婚パーティーを開くそうなんです。これって、きっと周りに仲間がいないとやろうと思わないし、きっと地元や東京でやった方が人が集まりやすいはず。でも、あえて岩井でやることを選んでいたので、話を聞いた時は嬉しい気持ちになりました。きっと南房総の魅力を自分の周りの人たちにも知ってもらいたいという想いが理由のひとつにあると思うんだけど、実際のところどうしてここでやろうと思ったの?

磯村:伊藤さんが言うように、南房総の魅力をもっとたくさんの人たちに知って知ってもらいたいっていう気持ちがすごく大きいです。結婚式なら、みんな来てくれるかなって(笑)。でも、もう一つ大きな理由があって。この町に“目に見えるかたち”で恩返しがしたかったんです。みなさんに本当に感謝しているので、言葉だけじゃなく行動で示したかった。パーティーを開いて、遠方からたくさんの人が来ること、そして、この町の宿やお店にお金が入って、経済的な部分でも貢献できたらいいなと思ったんです。

近藤:僕は過去に北海道に移住した経験があるので、移住者には人一倍優しいタイプなんですよ(笑)。新しく来た人は床屋の場所すらわからないだろうし、困っていたらすぐ助けたい。伊藤くんが言うように、2人とももう昔からの友達のような感覚ですね。

小澤:私はもう「自分が産んだっけ?」と思うくらい(笑)、本当の娘のような気持ちです。2人ともこの町に来てまだ3年目とは信じられない。でも、それは磯村さんと竹本さんが地元のコミュニティや活動に最初から壁を作らず、自分たちの足で一生懸命に飛び込んできてくれたから。その歩み寄りがあったからこそだと思います。

竹本/磯村:(思わず涙ぐむ二人)

秋山:皆さんのお話を聞いていても、この町で実際に過ごしてみても、“よそ者扱い”をしない町だなというのを私もすごく感じました。こうしてお二人が涙した姿からも本当に町全体のあたたかさが伝わってきますし、そうやって壁を作らずに自然と受け入れてもらえる環境だからこそ、この地に身を置くことに決めたのかなと思うんです。移住する前と後で、ご自身の中で変わった部分はありますか?

竹本:一言で言うと、自分の器や考え方のキャパが広がったなと思います。例えば、伊藤さんの畑で採れた野菜のくずを〈SHIP〉のヤギの餌にしたり、近所の人から甘夏をたくさんいただいたら、シロップを作って甘夏スカッシュとして販売してみたり。誰かの“余ったもの”や“おすそ分け”から、新しい何かが生まれていく過程がすごく心地いいんです。ゼロから何かを作るときに、東京の仕事ではデスクの前で戦略やターゲットをロジカルに考えていくことが多かったのですが、岩井に来てまた違った視点で“ものが生まれる喜び”を知ることができました。人と人との温かい関係性の中から、自然と新しい形ができていくのがとにかく楽しい。この地域で過ごすようになってから、幸せを感じられる選択肢が増えたなと思います。まるで自分が岩井に育てられているような感覚ですね。

清水:その感覚は僕もすごく分かります。もちろん実際に移住されている方とは比べものにならないですが、地域に足を運ぶたびに学ぶことがたくさんあって、自分の成長や寛容度が上がっていくのを感じるんです。でも、東京に帰るとまた少し元に戻ってしまったりして(笑)。

麻生:琴平、南房総と訪れて、僕も清水さんの言っていることがよくわかるようになりました。社会の仕組みの中に身を置いていると、自分のやりがいがふと見えなくなる瞬間があるんですよね。そもそも人が多すぎるし、やりたいことのスケールが社会全体の中で小さく感じてしまうというか…。でもこういう場所だと、やりたいことをダイレクトに形にできるし、誰かに与える影響も肌で感じられる。ただ、それがすべての人にとっての正解というわけではなくて、東京のスピード感が合う人もいれば、地方の距離感が合う人もいる。だからこそ、“こういう考えや、価値観もある”というグラデーションを知ることが大切なのかなと思いました。

竹本:私も東京の友達にこういう話をしても最初はピンと来てない子もいて。とりあえず「ここに来たら分かるから!」と伝えています。

清水:最後に皆さんから一言いただいて締めようと思います。小澤さんからお願いできますか?

小澤:私はたまたまこの土地に生まれて、それから自分で選んでこの地に住んでいます。ここには何か特別なものがあるわけではないけれど、この場所を選んでくれた方には、本当に感謝の気持ちでいっぱい。ずっとここにいると地域のことを客観的に考える機会もないので、今日はみんなの意見を色々な角度から聞くことができて、本当にいい時間でした。私がこの仕事をずっと続けていられるのは、来てくださった方が「また来るね」「楽しく過ごせたよ」と言ってくださる、その言葉に支えられているから。改めて、“この町でゆっくりしてもらうこと” 自体が価値のあることなんだと実感しました。自分たちが大事にすべきものがわかった嬉しさと同時に、「これからこの町でどうしていこう?」という未来への前向きな想いが、胸の中でむくむくと湧き上がってきています。

近藤:僕は毎年、行ったことがない場所へ旅をするようにしていて。その度に「やっぱり岩井や平群のご飯はすごく美味しいな」と思うんです。肉や魚、野菜も美味しいということをどんどん売りにしていきたいなと思いつつ、磯村さんや竹本さんが色々と動いてくれているので、その活動にも協力していきたい。けど、やっぱり自分でも何かやりたい。移住してきた皆さんがパワフルなので、それに負けないように頑張っていきたいと思っています。

伊藤:僕は家業を継いだので、最初は“やらされている感”が少なからずありました。でも、年齢を重ねて知識も仲間も増えて、自分でもやりたいことが少しずつ見えてきた。今日こうして皆さんと話す場を設けてもらったことで、改めて南房総の価値を実感したし、この町がこれからどんどん良くなっていくんじゃないかという期待を持てました。

竹本:東京になくて地方にあるものって、「みんなで共有しなくても、同じ意識が根底にあること」な気がしています。私はまだ来たばかりで地元の3人とは比べられませんが、みんな根底に“この町のために”という想いがある。だからこそ、言葉にしなくても伝わる“ゆるやかな連帯感”をすごく感じています。その温かい空気があるから、外から来た人たちも興味を持って協力してくれるのかなって、今日話していて改めて思いました。それともう一つ、初めて岩井の海を見た時に、すごく綺麗で感動したんです。その海を目当てにお客さんが来ていることもあってか、この町の人たちの根底には、海への感謝が当たり前にある。そうした目に見えない共通の想いがあるからこそ、心地いい連帯が生まれているんだなと感じています。

磯村:今日、地元の3人からたくさんの感謝を伝えていただきましたが、それはそのまま、私たちの気持ちでもあります。別の場所からやってきた私たちを、特別視せずにフラットに受け入れてくれたことに、改めて言葉にしてもらって涙が出ちゃいました(笑)。この町にいると、人を役職や役割ではなく、“私自身”として見てくれているのを感じます。「南房企画の磯村」ではなく、ひとりの「磯村」として認識してくれていることが、何よりも嬉しいです。この町に来て本当によかったです。

南房総の穏やかな海の近くで生まれた、ゆるやかな連帯感。地元の人も移住者も、互いに壁を作らずフラットに繋がることで、それぞれが目の前の課題や“好き”に向き合い、町が少しずつ動き出す。そんなポジティブで優しい変化は、外から訪れた私たちの視野を広げてくれました。まるでこの町の一員になったような感覚で、ともに未来を見つめ、歩みを進めたくなる――。そんなあたたかい時間がここには流れています。「訪ね」では、海と山のそばで過ごしたひとときをレポート形式でお届けします。