たずね

【訪ね】穏やかな海と緑豊かな山、あたたかい人々が出迎えてくれる、南房総へ。

さまざまな地域に足を運び、その町の「やさしさ」を見つけ出す私たちの旅。今回訪れたのは、都心から車で90分の千葉県・南房総。海と山に囲まれた自然豊かなこの町で出会ったのは、人と人とがフラットにつながる関係性。それぞれが目の前の営みに丁寧に向き合いながら、町に新しい息吹を吹き込み、ゆるやかな未来を描いていく。そんな姿を追いました。

1日目:地域を守り、そして盛り上げる人々の想いを知る。

【SHIP/ BOSO CRAFT WORKS】

まず訪れたのは、かつて企業の保養所だった場所をリノベーションした複合施設〈SHIP〉。1階はカフェやビールの醸造所、2階〜3階は宿泊スペースを備え、これから段階的にオープンしていく予定だといいます(※2026年6月時点)。

南国を思わせる緑豊かな庭では、建てられた小屋でのんびりと草を食べるヤギの家族「シー」「プー」「パー」がお出迎え。広い玄関に足を踏み入れると、オープンキッチンのカフェと、一枚板で作られた大きなダイニングテーブルが目を引きます。

「この机は南房総を拠点に活動する作家、飯田善郎ベンヤミンさんが手がけたもの。内装はベンヤミンさんのお力も借りながら、ほぼDIYで、床剥がしや塗装、ベンチ作りにも挑戦してみました」と、SHIPを運営する南房企画株式会社・代表の牧野圭太さん。

1階のカフェでは、地元の〈近藤牧場〉の牛乳を使ったカフェオレや、岩井海岸をイメージして作られた海色ソーダなどのオリジナルドリンク、ハンバーガーなどのフードメニューを楽しめます。また、屋外に設置されたピザ窯では地元野菜を使ったピザづくり体験もできるのだとか。

「まだ一般開放はしていませんが、2、3階が宿泊施設になります。昔の作りを活かした部屋で、全ての部屋の窓からヤギ小屋が見える、“ヤギビュー”がポイントです」

保養所だった名残を残す、畳の部屋と広縁のある空間はどこかノスタルジックで、一歩足を踏み入れた瞬間、すっと心がほどけるような安心感があります。

「屋上からは南房総の山並みと岩井海岸が一望できます。夕日がとてもきれいに見えるんです。隣接していた元テニスコートは芝生にして、公園として整備したいと考えています。今後そこでマルシェやイベントなども開催できればいいなって」

そして、ここ〈SHIP〉を舞台にこれから本格的に活動がスタートするのが、ビールの醸造所〈BOSO CRAFT WORKS〉。これまで〈鋸南ビール〉でブルワーとして腕を磨いてきた國井祐太郎さんが、この場所で新たなビール造りに挑みます。地元の農産物であるお米や、柑橘類、ハチミツなどを用いたクラフトビールを5種類ほどラインナップする予定だそう。

「南房総は海と夕日が美しく、関東でも屈指の自然に恵まれた場所。サーフィンや、登山などのアウトドアも楽しめる環境なので、“夕陽に合うビール”や、“キャンプに合うビール”などシチュエーションに沿ったビールを作る予定です。いずれは〈SHIP〉専用ビールも手がけたいですね」

SHIP(https://ship-nanbo.com)

BOSO CRAFT WORKS(https://bosocraftworks.jp)

 

【大房岬自然公園】

南房総市の最先端に位置する「大房岬自然公園」。館山湾と富浦湾の境目に突き出たこの岬は、ダイナミックな海景と青々と生い茂る森林を同時に味わえる、自然豊かな場所です。この一帯は、南房総国定公園に指定されており、大房岬自然公園として整備されています。

「園内には、運動広場やビジターセンター、自然の家、展望台などがあり、磯遊びやハイキングなど、さまざまなアウトドアアクティビティを楽しめます」と話すのは、大房岬の自然と歴史を知り尽くしたエキスパートである神保清司さん。園内にある〈大房岬自然の家〉で所長を務めています。〈大房岬自然の家〉では、主に県内や関東近郊の子どもたちを受け入れて、自然を身体いっぱいに感じられるさまざまな体験を提供しているそうです。

まず案内してもらったのが、100年前に作られたという旧日本軍の要塞基地。このほかにも砲台の跡地などの遺構が点在しており、深い歴史が刻まれた場所であることに気づかされます。キャンプ場や小さな池を横目に森林の中を歩き進めていくと、やがて視界がひらけ、芝生の向こうに海が広がる開放的なロケーションが現れました。

「奥に見えるあの崖は、海食崖というもの。地層の縞模様がとても綺麗ですよね。映画やドラマのロケ地としてもよく使われているんですよ。日中の海の景色も素晴らしいですが、満月の夜もいいですよ。月明りで海が照らされて幻想的なんです」

園内には千葉の特産品であるびわの木も。池の脇に生えた木の枝にはカエルの卵が産み落とされていたりと、神保さんの説明を受けながら歩くことで、ただ通り過ぎるだけでは見落としてしまう小さな生命の営みや、この土地ならではの豊かなストーリーが紡がれていきます。

「最後に展望塔へ案内します。ぐるぐると螺旋階段を登った先には絶景が待っていますよ!」

その言葉通り、案内された展望塔の頂上に立つと、360度見渡せる大パノラマが。三浦半島や伊豆半島、そして晴れた日には富士山や伊豆大島まで望めるという、大房岬のハイライトにふさわしい美しい景色が広がっていました。

大房岬自然公園(https://taibusa-misaki.jp)

 

【YANE TATEYAMA】

南房総市から海沿いを南下し館山市へ。観光地ならではの賑やかさがある町で、ひときわ異彩を放つお洒落なビル〈YANE TATEYAMA〉は、“読む・味わう・泊まる・作る”を一度に味わえる複合施設です。

「築40年の廃ビルをリノベーションして出来た空間です。僕がこの場所で本屋をやりたいと思ったのがきっかけで、そのあとジビエレザーの工房や、イタリアンレストランなど、仲間が自然と集まってきました」と、ここを運営しているオーナーの田村仁さん。

1階には〈YANE TATEYAMA〉のメインとなる本屋〈北条文庫〉の横に、ロースタリー&カフェ〈ALRIGHT COFFEE ROASTERS〉が並びます。コーヒーのいい香りに包まれながら眺める本棚は、田村さんの独自のセンスが光るラインナップで、ページをめくる前から好奇心を刺激されるものばかり。

本屋の奥にはジビエレザー工房の〈伝右衛門製作所〉が店を構えています。キョンやイノシシの革を用いたエコフレンドリーな革アイテムの数々は、地域農家の課題である“獣害”の現状に寄り添い、前向きなアプローチで新しい価値観を提供しています。

「2階にはカウンター席がメインのトラットリア〈Acqua Tozzo〉があり、3階は宿泊施設になっています。泊まった人が本を買いに来たり、コーヒーを飲みにきた人が革工房を覗いたり。この空間でそれぞれの目的が交差して、なにか新しいものに出会うきっかけになれたら嬉しいですね」

YANE TATEYAMA(https://yane-tateyama.jp)


 

【岩井海岸】

館山から岩井へ戻る途中、夕陽が沈んでいく岩井海岸で出会った渡邉由喜さん。船関係の仕事をしながら、「権平丸」という釣船の船長をしています。

「“今日は何を釣りたいですか?”と聞いて、希望の魚がいる場所まで連れていきます。ベテランはもちろん、初心者の方も安心して釣りを楽しんでもらえるよう、僕が全力でサポートします」

内房は外房に比べて波が穏やかで、脂の乗った魚が多いそう。

「この辺だと、アジやキスがよく釣れます。外房は波が強いこともあって身が引き締まった魚が多いんですが、内房は海が優しい分、魚がふっくらと育って旨味が凝縮されるんです。自分で釣り上げた新鮮な魚はどれも絶品ですよ」

権平丸(https://www.instagram.com/gonpeimaru_/)


 

【住吉飯店】

海を後にし、ディナーに訪れたのは、勝山漁港近くの勝山商店街に店を構える〈住吉飯店〉。テレビなどのメディアでもたびたび取り上げられ、地元民のみならず県内外からファンが押し寄せる老舗の中華料理店です。

店内は美味しい匂いと熱気に満ちており、週末の夜ともなるとお目当ての味を求めてお客さんが並ぶ光景が日常茶飯事。シャキシャキで大ぶりのキャベツが主役の回鍋肉や、少し濃いめの味付けがビールと相性抜群の青椒肉絲など、2代目の店主が受け継いだ確かな味が、多くの人の胃袋を掴んで放さないのも納得のおいしさです。

住吉飯店(https://maps.app.goo.gl/BEWowf6tJircZFpd8)

 

2日目:町の人々が大切にする、豊かな自然を肌で感じる。

【伏姫籠穴】

戯作者 曲亭馬琴による伝奇小説『南総里見八犬伝』の舞台としても知られる、ここ南房総。2日目は朝から「岩井案内人の会」に所属する吉野秀一さんのガイドのもと「伏姫籠穴」へ向かいました。

「『南総里見八犬伝』は、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の8つの徳の玉を持つ八犬士を中心に、安房の里見家の興亡を描いた物語。現代のヒーロー物の原点のような構成になっていて、歌舞伎や映画にもなっていますし、さまざまな漫画やカルチャーの源流にもなっている作品です。ここには、物語に登場する伏姫と八房が隠れて過ごしたと伝わる洞窟があります」と吉野さん。

富山の中腹にある「伏姫籠穴」を目指し、凛とした森の空気に包まれながら山道をウォーキング。幽玄な気配が漂う緑のトンネルを10分程度登っていくと、入口が1mほどの高さの洞窟がひっそりと現れました。中を覗くと、八犬士が持っていたという、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八個の玉が祀られています。

「この物語は28年にも渡って書かれ、全98巻・106冊という長編作品。とても長いので話しきれませんが、簡単に物語をまとめたものをお見せしますね」と、〈伏姫籠穴〉の横にある八角形の舞台のうえで、オリジナルの紙芝居を広げて物語を語ってくれました。

『南総里見八犬伝』の壮大な世界を頭の中に思い描きながら、この地に息づく物語と歴史の気配に、静かに耳を澄ます贅沢な時間となりました。

伏姫籠穴(https://maps.app.goo.gl/jFufHhneey336Qma6)

 


【飯田善郎ベンヤミン工房】

次に向かったのは、建築アートディレクターである飯田善郎ベンヤミンさんの工房。ベンヤミンさんは、住宅や店舗の設計施工に加え、「GREEN ROOM FESTIVAL」や、「FUJI ROCK FESTIVAL」といった日本を代表する大型フェスの空間装飾も手がけているクリエイターです。

「南房総に工房を設けたのは、若い頃、旅をしている時に住みたいと思っていたオーストラリアに似ていたから。低くて平らな山と、綺麗な海。東京に近いし、サーフィンもするので、仕事とプライベートが両立できる場所だなって。この地に来て、もう23年近く経ちますよ」と、ベンヤミンさん。

森林や棚田に囲まれた、一見すると巨大なビニールハウスのようにも見える個性的な工房は、7〜8年ほど前に構えたもの。もともと牛の堆肥などを保管していた場所を自身の手で改装したそうです。近所に生えている立派な「夫婦杉」も、この場所を選ぶ決め手になったのだとか。奥行きが80mほどもある広い空間には、さまざまな種類の木材や、制作途中の机、カウンターなどがきれいに並んでいます。

「この仕事をして長いこともあり、木が自然と集まってくるんですよ(笑)。店を畳んでしまう材木屋さんから連絡をいただいたりもして。なるべく外国のものは使わずに、県産木材を使うようにしています。それによって日本の山が再生され、自然と共存していけたらいいなと思っているんです」

ベンヤミンさんがちょうど制作に取り組んでいたのが、やさしさ編集部メンバーのいるQO株式会社に置く予定だという家具の数々。木の質感がダイレクトに感じられる大きめのデスクやアーチ、そして鍵盤のデザインが目を引くカウンターなど、どれも圧倒的な存在感を放っています。都会の無機質なオフィスに、この南房総の地で生まれた温もりのあるアイテムが加わり、ほっと一息つける空間が生まれる――。そんな景色が目の前の制作風景からじんわりと浮かび上がってきました。

飯田善郎ベンヤミン工房(https://yoshirobenjamin.wixsite.com/site)


 

【ゆうみ/ゆうみBeach Sauna】

工房を後にして、元名海岸にあるビーチサイドリゾート〈ゆうみ〉へと車を走らせます。ここは砂浜まで徒歩30秒、全客室オーシャンビューという最高のロケーション。もともと企業の保養所だったとは思えないほど、洗練されたモダンで落ち着きのある空間が広がっています。

館内へ足を踏み入れると、1階には受付とロビー、そして木の温もりを感じられる共同浴場があります。ほかのフロアにも貸切で利用できるお風呂が5つ。落ち着いた雰囲気の半露天風呂が1つ、元名の海を一望できる露天風呂が3つ、そして開放感のあるジャグジーと、心ゆくまで温泉を堪能できる贅沢な環境です。

2階へ上がると、この宿の特等席とも言える「シーサイドテラス」が。一歩テラスへ出れば、心地よい潮風とともに、目の前にはどこまでも遮るもののない青い海と空の大パノラマ。〈ゆうみ〉という宿名の通り、グラスを片手に水平線へと沈む夕日を眺めるひとときは、きっと格別なものになるはず。まだ見ぬその景色に、思わず想像を巡らせてしまいます。

そんな〈ゆうみ〉が敷地内に昨年オープンさせたのが、完全個室のプライベートサウナ〈ゆうみBeach Sauna〉です。先ほど話を伺ったベンヤミンさんがデザインと施工を手がけたという空間は、自然を活かしたワイルドかつスタイリッシュな造り。サウナ室は5つあり、身体をじっくりと温めたあとは、鋸山から湧き出る水を引き入れたという水風呂、そして心地よい潮風を感じながら外気浴。と、これまで味わったことのない、極上の“ととのい”を体験できそうです。

ゆうみ(https://awa-umi.com)


 

【なぶら】

お腹を空かせてランチに向かったのは、勝山漁協直営の〈なぶら〉。毎朝定置網で獲れた新鮮な地魚をいただけるお店です。2階の食堂からは、浮島という無人島をすぐ目の前に望むことができ、のんびりと波打つ海を眺めながらゆっくりと食事が楽しめます。

人気メニューはボリュームたっぷりのダイバー定食。お刺身、焼き魚、魚のフライと海の恵みをこれでもかと詰め込んだ贅沢なラインナップで、ひと皿ひと皿が主役級の美味しさです。地魚を心ゆくまで堪能し、お腹も心もすっかりと満たされました。

なぶら(https://maps.app.goo.gl/JXVDA41Vq3v2Z3wP9)


 

【岩井海岸】

旅の締めくくりは、やっぱり海。この町で最後に出会った豊島まゆみさんは、廃校を再生した〈道の駅 保田小学校〉や、地元の素材を使った〈鋸南ビール〉の立ち上げなど、南房総を盛り上げる数々のプロジェクトを手がけてきた人物です。

「ずっと東京で仕事をして来ましたが、海と自然に惹かれてこの町にやってきました。当初は鋸南町から館山までの海沿いの町が、隣同士なのに繋がりがなくて。地域を活性化するには、町同士の色んな人を繋いで、点ではなく面で盛り上げていく必要があると感じたんです」

数々の事業を生み出し、人がつながるきっかけを作っては、南房総に新しい風を吹き込んできた豊島さん。

「〈SHIP〉のみなさんが移住してくれて、これからは次の世代が南房総を盛り上げようとしてくれている。ようやくバトンを渡すことができたと実感しています。私はそんな姿を見守りながら、これからは思う存分サーフィンを楽しもうかなって(笑)。南房総は何といっても海がきれい。この海を見ているだけで、この町へ来てよかったという気持ちで満たされます」

穏やかな内房の海に育まれるように、新しいカルチャーが心地よく溶け合いながら、少しずつ変わり始めている南房総。古くからここに暮らす人も、移住した人も、外から来た旅行者も。誰もが分け隔てなく混ざり合い、それぞれの心地よい距離感でつながっていく。そんな包み込んでくれるような柔らかな関係性が、この町の日常を静かに形作っています。だからこそ、またふと訪れたくなる“余白”が、南房総には確かに残っているのではないでしょうか。