今回は、北海道の八雲町へ行きました。どんなことが印象に残っていますか?
まず感じたのは、自然の豊かさ。海と緑に囲まれていて、酪農やホタテをはじめとする名産品がたくさんある町でした。あとは、人口の減少や自然との共存など、ローカルが抱える課題についても改めて考える機会になりました。ニュースなどで間接的に知るのではなく、実際に訪れて肌で感じることができて、すごく学びのある旅だったと思います。
農業や畜産の現場にお邪魔したり、いろんな方にお話を聞かせてもらったり、学びの多い時間でしたよね。
大自然の中で、「そういえば子どもの頃にこういう体験させてもらったな」って記憶がふと蘇ってきて。そういうことを大人になってから経験できることの大切さにも気づきました。〈ペコレラ学舎〉の赤井さんが「今の小学生たちは自然に触れられる機会が昔ほどない」と話していましたが、八雲に行く前は「自然のそばに暮らしていたらきっと自然の中で遊んでいるだろう」と勝手に思ってしまっていたので、想像とギャップがあるということもわかりました。
わかります。私が八雲で強く感じたのは、行く前より生活が色濃くなったということ。「生活とは生きる活動だ」ってことを五感で感じられたというか。私はちょっとした農作業のお手伝いしか経験したことがなかったのですが、漁業や農業、畜産の現場を目の当たりにしたことで、食べものに対して“いただいている命”という意識が強くなりました。生産者さんの顔が見えるだけで、こんなに意識が変わるんだなって。普段の生活の中で感謝したいことが増えたように感じました。
たしかに、食への意識は私もだいぶ変わりました。
あとは、人と人の循環や、自然の循環みたいなものをすごく感じて。赤井睦美さんが始めた山車行列が今も続いていて、次の世代に引き継がれていて…という話もそうですし、いろんなことのサイクルが早いなと。スケールが大きいのにサイクルが早くてびっくりしました。
僕が印象に残っているのは二人とはまた少し違う角度なんですが、人がやさしかったこと。最初は「僕たちが観光客だからおもてなししてくれている」と思ったんですが、数日過ごしているうちに、真心からのやさしさだって実感して。木彫り熊について教えてくれた小熊さんや、〈ホーラク〉のマスターなど、出会う方々から等身大で自然体のやさしさを感じて、それがとても心地よかった。メジャーな観光地ではないからか、地域の方々と旅人の関係性がわりとフラットで、だからこその出会いや会話がたくさんあったような気がします。
地域の方から「一次産業が豊かだったこともあり、PRには積極的に力を入れてこなかった」というお話もありましたが、だからこそ「来てくれた人に美味しいものを食べてもらいたいだけ」と、消費的な観光ではないおもてなしを感じましたよね。“観光客”と“ビジネスとして受け入れる人”ではなく、シンプルに人と人として出会わせてもらえたような。
3日間とは思えないほど濃い時間を過ごさせてもらいましたね。
1つ1つの体験ももちろん学びがあったんですが、いろんなことを複合的に、日をまたいで体験できたことにより価値を感じました。それぞれのつながりが見えて、理解が深まったというか。
私も同じことを思っていました!山も海もあって、幅広い世代が町のためにいろんな活動をしていて、複合的な要素がたくさん集まっていることが八雲らしさなのかなって。
本当にいろんな世代が盛り上げていると肌で感じられたという面では、外からの人も多く集まる山車行列の日に行けたっていうのも良かったですよね。他の地域や海外から来た人も同じくらい楽しんでいて、分け隔てなく盛り上がっているのを感じました。あと一つ、個人的には牧草ロールのある風景がとても好きでした(笑)。コロンとして可愛らしくて、どこか懐かしさもあり、「いい景色だな」と尊さを感じました。
牧草ロールは雨の日に作れないから、晴れた日に作業を頑張らないといけないとお聞きしましたが、きっと他にも天候に左右されるお仕事が多いんだろうなと思って。自分一人でコントロールできないことが多いからこそ、助け合いの心が根付いている町なのかなと思ったりしました。
人間がコントロールできないことが当たり前にあるからこそ、やさしさや、懐の広さがあるのかなと僕も思いました。「人が自然に目を向ける」のではなく、「自然の中に人がいる」という前提で物事を捉えているのが、普段都会にいる僕らにとっては新鮮でした。クマとの向き合い方についても学びがありましたね。
都会にいるとどうしても「クマは怖いもの」というイメージが強かったんです。今回の八雲旅でクマに出会うことはありませんでしたが、地域のみなさんの話を聞く中で考えがちょっと変わった部分もあって。知ることって重要だなと改めて思いました。知ることで身につけられるやさしさや謙虚さがあるなって。だから、こうやって自分の知識の層を厚くしてくれる場所に行くのが大事だなって強く思います。
動物や自然という対象に対して、コントロールできないから困る部分もありつつ、その恩恵を受けている部分ももちろんあって。そういうポジティブな面を知っているからこそやさしくしようって思える。そして、やさしくしたときにいい影響があることも肌で感じているから、もっとやさしくなれる。その循環があるように感じました。
自分だけの視点で物事を見ない、相手側を思いやるっていうことを、対人間だけでなくクマや自然に対しても実践しているんだろうなと思います。「知ればやさしくなれる」って秋山さんも言っていましたが、やっぱり想像力が大事だなと思いました。ただ“危険な動物”と扱うだけでなく、なぜこういう行動になったのか、というところまで想像することができれば、もう少しやさしい関わり方ができるのかなって。
私たちはどうしても「環境を守ろう」「自然と共存しよう」という考えに至りがちですが、八雲のみなさんにとっては意識するまでもない当たり前のことで、それに反する行動をする方が不自然だと話していましたよね。あとは、開拓されてきた土地というのもやさしさに関連しているのかもしれないと思って。「北海道はいろんなルーツがあるから本州的な執着がない」ということを睦美さんが話していましたが、そういうところも、新しい挑戦を積極的に受け入れるやさしさの土壌なのかなと思ったんです。
そうですね。巻き込み力と巻き込まれ力をとても感じました。睦美さんを筆頭に、「みんなを巻き込んで町を盛り上げよう」という方々がいるだけでなく、自分の役割の境界線を決めすぎていない人が多いから、「頼られたらやってみよう」「頑張っている人がいるから自分も頑張ろう」ってみんながどんどん巻き込まれていく。それが素敵な循環だなって思います。
助けを必要としている人を助けるだけでなく、「この人はこういうことができる人なんです」と輪を広げていく力も感じましたよね。挑戦を分け合ったり、バトンタッチしていくところがいいなって。
國守さんはプライベートでもたくさん旅行していると思いますが、このプロジェクトを通じて旅との向き合い方が変わった部分はありますか?
観光地に行って美味しいものを食べるだけでなく、ちょっと店員さんに話を聞いてみたり、その町のことを知ることができる資料館に行ってみたり、「地域を知ろう」という意識が強くなったように思います。私は普段から「もともと興味がある分野の案件でなくても、何かフックになるものが絶対にあるはず」と思って仕事をしているのですが、そうやって何かを見つけられると、気持ちの込め方が変わってくるんです。今回の旅も、自分から「この町に行きたい」と選んだわけではないけれど、いざ足を踏み込んでみたらすごく面白かった。そういう発見や気づきを、自分でも行動を起こして見つけていきたいなって。
私はお仕事する上で、「誰かの役に立ちたい」「良いサポーターでありたい」という気持ちが強く、「自分が見聞きしたことを広く世の中に伝えたい」という思いは正直あまりなかったんです。でも、取材で訪れる地域がどれもそれぞれ魅力的で、「誰かを連れて行きたい」「この町の魅力を届ける助けになりたい」と、発信者としての責任感や当事者意識が芽生えた実感があって。中立的な立場で発信できることの価値や有難さを改めて感じたし、今後も身の置き場を分断しすぎないように、境界線をなくしていこうっていう意識が強まりました。
僕は琴平と八雲の旅を通じて、物事への向かい方が丁寧になるというか、より自然体になってきている感覚があります。あとは、こうやって旅を続けていると、ふとした時に思い浮かぶ顔が増えるじゃないですか。例えばスーパーで牛肉を見た時に「八雲で牧場に行ったな」と北村さんの顔が浮かんだり。野菜の産地を今まで以上にちゃんと見るようになったり、食への感謝や敬意がぐんと強くなった。それがうれしい変化でしたね。
普通に友達と旅していると、わりと似た感覚を持っているので、“共感”の楽しみがあると思うんですが、こうやって会社のメンバーと一緒に行くと「あ、そういう見方もあったか」という発見がすごくあって。「この人はこう考えるんだ」はもちろん、「自分ってこう思ってたんだ」と気づくこともできる。単純にいろんな地域を知るだけでなく、そういう面でも学びになっています。
國守さんや麻生くんの話を聞いていると、旅で知識や経験が増えて、知ったことがそのまま問いになっている感じがして。問いの探究を、まさに体現しているのが素敵だなと思います。
みんな、この「診ね」での話がどんどん上手くなってきていますよね(笑)。感じたことを言語化する力や、“問う力”が強くなってきているなって思います。國守さんの言うとおり、友達じゃない、別の視点を持つ人同士だからこその良さもあって。それぞれ違う気づきがありつつ、一致する思いもあって、視野がぐんと広がってきているのを感じています。やさしさだけでなく、いろんな問いの可能性に出会えそうですね。
八雲で感じたのは、人はもちろん、自然や環境にまで向けられるスケールの大きなやさしさだった。自然と共に生き、その声に耳を澄ませながら生きてきた町だからこそ、相手の背景や、動物・環境にまでそっと想像力を巡らせることができる――。そんな人と人、人と自然を隔てる境界線を感じさせない姿勢こそが、八雲で感じた「やさしさ」の正体なのかもしれない。旅を終え、以前なら通り過ぎてしまっていたような日常にあるありがたみに気づくことで、日々の生活が色鮮やかになる。そんな豊かな気づきと自然との調和を、八雲の風土と人々は、飾らない言葉と佇まいで教えてくれた。(やさしさ編集部 國守)






